そこは、奇妙な空間だった。
 どこを見渡しても視界を塞ぐ壁は無く、どこまでも深い闇に満たされた空間。
 しかし不思議と広いといった認識は無い。むしろ見えない檻で囲まれているかのような重圧さえ受ける。
 深い闇で満たされているのに、しかし辺りの様子を見失うことはなく、闇の中でありながらも闇を認識することが難しい。
 そして何よりこの空間を奇妙に見せているのは、そこら中に存在する時計達の姿だった。
 手の平に収まるほど小さい柱時計かと思えば、振り向けば仰ぎ見るほどの巨大な腕時計が聳える。
 いつの時代かわからないほど年季の入った品の横に、数字を表記する電気仕掛けのモノもある。 無秩序に、ただ時計であるという理由だけで存在する彼ら。
 己の使命のみにしか関心のない時計たちは、それこそ無限といえるほど多種多様だ。たとえ限りはあるのだとしても、人間如きでは数え切れない時間の墓場。
 彼らはどれもこれもが勝手な時を示し、その役割は果たされているとは思えない。もしこの場に正常な人間が迷い込んだなら、二日もせずに発狂してしまうだろう。
 そして、そんな中で最も異質な時計が、この空間の中央に安置されていた。
 それは巨大な砂時計だった。
 外見の奇異さ加減なら、砂時計などこの中では珍しくはないだろう。三メートルほどもある重厚さだが、それでも再現が可能な範疇だ。山を超えるような目覚まし時計や、水でできたデジタル時計などよりよっぽど人間らしいまとも
 それでも、その砂時計は間違いなく異質だった。
 時計が巨大なら落ちる砂も多量。だというのに、溜まる砂は全くと言って良いほど皆無。
 他の時計が、そうである為に忠実な機能を果たすのに対し、ソレだけが己の存在意義を裏切っていた。
 いくら砂が落ちようとも不変。ならばそれは時計ではない。
 ゆえに、この異質な空間の中でさえ、ソレだけが孤立している。
 永遠と落ち続けながらも変わらない砂。
 ソレは静かに、そして不変でありながらも、変化の刻を待ち続けた。
 己が刻むに相応しい物語を求め続けた。
 そして、気の遠くなるほどの時が経って――。
 二人の人間が一つの世に生を受けた瞬間、刻の砂は動き始めた。
 サラサラと少しずつ、しかし本来の役割を果たす。砂が落ちるたびに、かすかに揺れる。
 まるで、生れ落ちた赤子が歓喜に泣き叫ぶように。
 ソレを見て、ただ独りソコにいた、一人の誰かが微笑んだ。
「ついに、始まる。……繰り返す事のない、唯一つの物語が」
 それはまだ誰も知らない、まだ名も無き御伽噺のプロローグ。



Tale−the overture−




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