Tale−convergent−
Side A-1
警報が鳴り響く。
耳障りなサイレンが各所で喚き散らし、目が眩む紅いライトが白い通路を赤く染めた。
大勢の人間が走り回る足音が通路を埋め尽くす。
時折聞こえる怒声が彼らを正確に導く様は、軍隊も斯くやというほど統率がとれている。
正確に刻まれる歩調。足音は精密に揃えられながらもそのスピードは迅速だ。
通路を走る彼らは訓練された精鋭中の精鋭。浅はかな侵入者を排除すべく、淀みなく準備を進めていく。
足音は接近する。
騒がしくも統制されたペースで移動する集団。
気配が徐々に大きくなるに連れて、鼓動が早鐘の様に高まって行く。
私はその音を意識し、強く自分の使命を自覚した。
(待ってて、姉さん。今すぐ助け出してあげるから)
全力疾走による疲労でもなければ、眼前に迫りつつある敵集団に対する緊張でもない。
それはこれから果たす目的への、悲願への高揚だ。
この日、この瞬間の為に準備してきた全てが、今報われることへの興奮。
それらを胸に、私は駆ける。何者にも邪魔はさせないと、新たに誓った。
そして、長く続く廊下の先。上階へ続く階段の入り口に彼らが現れる。
彼らが手に持つは長大な銃器。
人など一撃で即死させるであろう凶器が、群れを成してたった一つの命を狙っている。
私がその事実を認識した瞬間、彼らは一瞬の躊躇も無く引き金を引いた。
同時、手を前へと突き出し、一つの命令を実行した。
「Shield」
呟きに反応したのは、左手に飾られた腕輪だ。銀の台座に象嵌された黒い宝石が、闇の中でなお暗い光を放つ。
声と、事象はほぼ同時。発射され音速を超えて私を貫かんとした弾丸の群れは、即座に軌道を変えて背後へと駆け抜けて行った。
集団は揃って目を見開く。回避する場所など、狭い通路には存在しない。
一切の遮蔽物も存在しない空間は、迎撃の為の措置だろう。単純にして必殺の迎撃法が、たった一言で瓦解した。
銃撃の成功を信じて疑わなかった集団は、私の正体に思い至ったらしい。焦ったように、各自が闇雲に手に持つ凶器を乱射する。
が、私は接近しながら再度同じ言葉を発し、弾丸の雨を潜り抜けた。
そして、第参射が始まる前に到達。至近距離で集中砲火される前に、最後の命令を実行する。
「Lance」
脈動する様に宝石が発光。サイレンの光が捻じ曲がり、その瞬間まるで巨大な鉄球に跳ね飛ばされたような動作で、彼らは一斉に壁に叩きつけられ、全身を強打した。
残るのは沈黙。いかな訓練を受けようとも、常人が相手であるならばこの結果は変わらない。
私はその全てを足を止めずに見届けた。背後でうめく気配を感じ、僅かに安堵する。
無差別な殺傷をする趣味はないのだ。
短い階段を一足で飛び越えると、そこには中央を貫くような洞があった。その周囲を、螺旋状の通路が取り巻いている。
ここは、地方都市ウルザの中央に聳える、アカデミーの研究棟。大陸最大の製薬会社ともなれば、所持するビルは要塞と同義である。
弧を描きながら伸びる通路の先には先ほどと同じ服を着た部隊が一つ。その先にも同じような部隊が数個陣取っている。
(ここで時間は掛けられないし、強行突破も力の消費が激しいから却下。なら、残るは)
装備からして、私と同類ではない。が、流石に真正面からそう何度も突破をかけるわけにはいかなかった。
一瞬の思考の後、私は上階まで続く長い空洞を見据える。
最も近かった部隊が一斉に掃射を開始した。
躊躇する余裕はない。私は、手摺を蹴り、向こう側へと飛び込んだ。
同時に、強く強く念じながら呟く。
「Reversal」
『干渉領域を展開・範囲十メートル圏内の流体情報を改竄・重力の反転に成功』
脳裏を駆ける文字列。支配下の空間内を、自分の都合が良いように改竄する、ある特殊な技術の結晶だ。
下を見れば地面は遥か彼方。
このまま落下すれば潰れたトマトになるのは確定だろう。
だが、私に限り、そんな運命は在りえない。
落下するどころか、重力が存在しないかのように最初の勢いのまま上へと飛翔する。
否、それは間違いだ。私は、飛翔しているのではなく、あの高い場所まで落ちていく。
斜め上へと直線的に、高速で飛翔し、さらに激突する寸前体勢を制御。
内壁に足で着地しながら再度跳躍した。
そうやって一気に十数階を省略し、合間の階で構えていた部隊たちを置き去りにして最上階に到達する。
短い廊下を駆け抜けると、一際豪奢な両開きの扉を発見した。
情報によれば目標はそこにいる。
しかし、扉の前には十数名に渡る警備が銃を構えて待ち構えていた。
が、その程度のことで止まる理由ない。
「……Shield!」
言葉を同時に、左手の宝石が命令された通りに空間を作り変える。
不可視の力でこの身を襲う銃弾を全て弾き飛ばし、一気に距離を縮めた。
が、彼らは先ほどの部隊のように焦らない。銃弾が効かないと見るや、腰に差した直剣で切りかかって来る。
その判断は正しい。銃弾よりも、近接戦闘を挑まれる方が対処は難しいからだ。
(けれど、それもあくまで同類相手の話よ)
正確に首筋を狙う剣に手のひらを向ける。脳裏に閃くのは短い命令だ。
『
物質体干渉・並びに
空間曲率干渉開始』
「Bend」
手が触れる刹那、その言葉が実行された。鋼鉄製のその直剣が、まるで木の枝のようにへし折れる。
そして剣を振るった本人たちは、その剣に起きた異常を知覚する間も無く強烈な衝撃で吹き飛んだ。
たった一瞬の攻防で、十数名の精鋭で構成された一個小隊は瓦解する。そこには、個人の技量を超えた絶対的な断絶が存在した。
眼前の扉を遮るものはもはや存在しない。歓喜を抑えて私が扉に手を掛けようとした、そのとき……。
『――高密度流体情報を感知・クラスB・危険!』
目の前の扉が爆砕。
脳裏に閃いた探知結果を吟味する前に、私は本能で回避していた。
刹那にも満たぬ間に、先ほどまでいた空間を金色の球体が貫通してゆく。
僅かに掠ったコートの一部が、まるで削り取られたかのように焦げて無くなっていた。
体勢を崩しながらも球体が飛翔してきた方向を見やると、そこには白い外套を着た長身の男の姿。
そして……そこにいるはずの、目標の姿が、ない。
(――罠ッ!?)
驚愕と怒りに、一瞬身体が硬直した。その様を嘲笑うように、口元を歪めながら見知らぬ男が手に持った剣を一閃する。
その、先ほど通過した球体と同じ金色の剣と、振られたその剣から新たに発生したソレに、私は一つの結果を悟った。
高速で迫るその金色の飛来物は、雷。蛇の如く伸びた金色の牙が、体勢を崩した私に容赦なく飛翔する。
「……ッ、Shield!
」
戦慄を抑え付け、私は自らの能力を展開。
回避するまもなくこの身を焼き尽くす筈だった金色の蛇は、軌道を逸らし私の足元へと着弾した。
が、鋼鉄さえ貫通する強力な銃器さえ弾き飛ばした絶対の盾でさえ、その威力を防ぎきることは出来ない。
足元に強烈な衝撃が発生し、私の身体を蹂躙する。
「く、ああッ」
体勢を崩していた私は、成す術もなくその衝撃に吹き飛ばされた。
僅かに視界に映ったのは星空の光。つまり、それは。
(――マズ、窓が……ッ)
甲高い音が空高く鳴り響く。砕けたガラス共々、私は数十階分の高さから放り出された。
手を伸ばしても、届かない。重力は、私の意志とは無関係に地面へと私を引き寄せてゆく。
が、この生命の危機的状況において、頭にあったのは、目的を達成できなかった怒りと悔しさだけだった。
「姉さん……!」
私の叫びは、夜の空へと木霊して消えた。