彼の、その気持ちに気付いたのはいつの頃だったのだろう。
 核心の見えない願望のようなその感覚は、いつになれば形を成してくれるのだろうか。



NOIR No.7



「何、で」
 京子のその小さな呟きは、悲哀に満ちた響きを持って私の心を強く打つ。
 茫然自失とした、常の京子とは全く異なる雰囲気からも、どれだけ自分の言葉が彼女の心を抉ったかが解る。
「何の為に、ここに。何の為にわたしを呼んだの。……まさか、これの為?」
 その通りだった。私は、元々夏野を疑ってはいない。例え二人きりであったとしても、危険があったとは思えない。
 だから、京子を呼び出すために使った、念のためという言葉は虚偽だ。
 本当の目的は、京子に全てを話すために、実際に自分達の決別の瞬間を見せ付ける事。
(残酷、なんて言葉で片付けて良いことじゃないけれど)
 どれだけ陰険な性格の持ち主でも、ここまで相手を傷つける罠を思いつきはしない。
 親友がひた隠しにしてきた事実を、これ以上ない形で目の前に突きつけた。それも最悪なカタチで。
 騙して連れてきてこの仕打ち。最悪最低のドッキリと言えばわかりやすいか。
 悪趣味で残酷な悪夢でもまだ救いがある。何故ならそれは所詮夢だからだ。
 どれだけ絶望的な夢でも、覚めれば日常が待っている。けれど、これは間違いなく現実で、現実に目覚めという救いはない。私は、誰よりも深く、その事実を知っていた筈なのに。
 けれど私にはこんな方法しかなかった。何故なら京子は親友だったからだ。
 夏野の事を想っていた京子には、全てを知る権利があった。
 例え、本人が望まない権利だとしても。
「そうよ、ここは貴女の鎖を断ち切る舞台。もう、誰にも遠慮する必要はないわ」
 彼女の本当の気持ちに気付いたのは、いつだったか。
 たぶん、それほど昔ではない。ここ数週間から数ヶ月の間だろう。
 もうその時には京子と遠藤は付き合っていた。正直そのときは疑問に思ったが、すぐに合点がいった。
 私は、他人の感情には鼻が利く。夏野の想いは知っていたから、京子がどういう思考でその選択を選んだかは容易にトレースできた。
 それに、残る遠藤と私には微妙な秘密があった。
 たぶん遠藤は自分と同じように、全てを理解した上で気付かぬ様振舞っているのだろう。
 結局、その不自然な関係が自分たちにとっての自然だったのだろうと結論した。
 それ故に、京子と遠藤の関係の真実を思考の隅に追いやり、夏野の感情には見て見ぬ振りをした。
 私のその消極的な選択がこの破局を生んだ。原因はあらゆる意味で間違いなく自分にあった。

 ――告白しよう。私はきっと、最初からこの結末を知っていた。

「一つだけ、聞いて良い?」
 だから、もう嘘はつかない。今ここで、私は全てのツケを支払うべきだ。
「えぇ……何でも。全部答えるわ」
「あんたは、真一の気持ちを知ってるの?」
(――ああ、やっぱり京子は気付いていた)
 予想していた問い。聡い彼女が、本当に気付いていない筈がないのは解っていた。
 しかしそれは、一番答えたくない問い。
 けれど、私は神に誓って事実を口にすると決めている。
 だから答えた。
「遠藤君の事も、知ってるわ。……彼とは、この後話すよ」
「そっか」
 その京子の短い呟きを境に、沈黙が周囲を支配した。
 京子は自分をどう思っているのだろう。憎しみか、怒りか、悲しみか、それとも……哀れみか。
 どれでもあり、どれでもないだろう。そんな、一つの言葉で定義できるほど単純な感情ではないはずだから。
 けれど、肯定的な感情ではないことは確かだ。
 私はこの沈黙の後に来るであろう、京子の叱責と糾弾の言葉を想像し、瞼を閉じた。
 どれほど胸を抉る言葉だろうと、どれほど痛烈な罵声だろうと、私の行いとは釣り合わない。
 なら、せめて誠意を尽くすべきだ。
 京子の竹刀がどれほどのものか、味わった事はない。気絶しては謝れないなと、場違いな懸念が頭を掠めた。
 そう思っているうちに京子が息を整えるのがわかった。
 私は息を止めて京子を見据え――。

「…………ほんっとに馬鹿だよね。あんた」

(――え?)
 拍子抜け、した。
 彼女の言葉は予測していた類のものだ。
 なのに、その言葉に込められた感情は完全に予想とは外れていた。
 呆れたような、面白がってるような……そんなニュアンス。
 明らかに違う。想定外の反応に私は戸惑いを隠せなかった。
 その動揺振りが伝わったのか、京子は意地悪げに、そして、どこか優し気な表情でにやりと笑う。
「あのねぇ。確かにアンタの読みは当たってる。ついでに言えば、あんただから諦められた……というかあんたに遠慮してたのも正解。まあ、正確に言えば、あんたの横からぶん盗れる自信がなかっただけだけど。それを振り切る為っていうか、誤魔化す為に真一と付き合い始めたのも本当よ。――あいつも、同じ様なものだったしね」
「あ、当たってるなら」
 京子は、私の予測を全肯定している。
 しかし、それを話す彼女の口調がおかしい。どれ一つとってもお気軽に話せるはずはないのに。
 この子がそういう事を蔑ろにできるほど擦れた性格でない事を、私は知っているから。
 そういう話だからこそ、私は並大抵ではない覚悟を持ってこの会談に臨んだのではないか。
 けれど、肝心の京子は眼前で笑っている。意味が、解らない。まだ、いらぬ気を使っているのではないかと勘繰りたくなるくらいに。
「あ、解らないって顔してるわね。――だからあんたは馬鹿なのよ。良い? もし仮に、あんたが私と同じ立場だったとするわよ? 好きな相手がいて、けれどその人には片思いの相手がいる。しかもその相手は自分の親友。無理やり入りたくもなくて、応援したい気持ちだってある。だから、自分は身を引いて他の男と付き合うことにした。ここまでは良いわね?」
 改めて解説されると、漫画によくある悲劇のヒロインのようだ。
 自分がそれの主役として進められる話は正直、違和感ばかりで想像できない。
 けれど、とりあえず私は京子の言葉に頷く。それ以外にやりようがないから。
「で、質問だけど。――あんた、こんな付き合い方ではじまった相手と、何日付き合ってられる? それも、本命のすぐ傍で」
 京子の言葉を想像してみた。自分がそのヒロインであると仮定して、そんな偽の恋を続けることが出来るかどうか。
 結論は、
「――ああ」
 想像するまでもない。不可能だ。
 ソレが可能な人間なら、そもそもそこまで差し迫って考えない。
「そう。じゃあ何で私は真一と付き合ってるの? いくら私でも、そこまで神経太いように見える?」
 その言葉を聞いた途端、雷が落ちる。私は自分の勘違いをようやく悟った。
 視界の明度が一瞬で下がり、まるで貧血を起こしたときのような、強い眩暈に襲われた。
(ああ……私って、馬鹿だった?)
 こちらの変化を悟ったか、京子はまたも意地悪気な笑みを浮かべる。その笑みが、悲しいほどに憎らしい。
「やっと解った? あんたが思ってるほど、わたしは悲劇のヒロインはしてないの。それなりに楽しくやってるんだから」
 あっけらかんとした京子の言葉に、とてつもなく気が滅入る気がした。
 勝手に想像して、勝手に勘違いして、勝手に覚悟して、勝手にセッティングして……。
 顔から火が吹きそうだ。穴があったら入りたい……というより、自分で掘ってでも入りたい気分だ。墓穴だって構わない。むしろ、墓石も用意したいくらい。
(ああ、なんてこと。本当に、死んでしまいたい)
 こんなことなら、夏野をもう一発殴っておけばよかったとさえ思った。私は、一体何に遠慮してあの事実を許したのか。
 あまりの羞恥に、悲壮感さえ漂わせているであろう私に、京子が意外な言葉をかけた。
「でも、ありがとね」
「え?」
 勘違いの一人相撲だった私の行動に、何故京子が礼を言うのか。
 頭の上にクエスチョンマークを浮かべると、京子は何故か苦笑いして答えた。
「実際のところ、秋葉は全然間違ってないよ。ただ、わたしの心が少しだけ、真一に傾いてるだけだから。今も夏野君のことは、そこまで完全に吹っ切ってるわけじゃないし」
 言って少し悲しそうな表情で京子は笑う。はじめてみる京子の表情に戸惑い、口を開くことが出来なかった。
 京子は戸惑う私を見て、少しだけ笑みを変える。
「そうね。せっかく秋葉が気を使ってくれたんだし、わたしもけじめつけるかな」
 その言葉の意味を図り損ね、私は疑問を口にする。
「それは……?」
「アハハ、アンタもわたしがこのままで良いとは思ってないから、こんな事したんでしょ? どういう結果にしろ、決めないと。夏野君は告白したし、秋葉は全部わたしに話してくれたから。わたしだけ、何もしないのは反則な気分なのよね」
 そして、京子はいつも通りの綺麗な笑顔で言った。
「よっし、とりあえず、夏野君と話してみるよ。それで玉砕してくる。真一とは一度別れる。真一も解放してあげないとね」
 そう言って、ちらりとこちらに目を向ける。
「うん、そうね。頑張って、京子」
「えへへ、りょーかい」
 そう答えると、京子はしっかりとした足取りで、颯爽と私の前から立ち去っていった。



 京子の後姿を見送る。考えるのは、これからの事だ。
 まだ、遠藤真一が残っている。彼にも伝えるべき言葉があった。
 私はコートのポケットから携帯電話を取り出し、アドレス帳から遠藤の名を呼び出す。数コールの後、遠藤真一の間延びした関西弁が聞こえた。
『よう、お嬢か。さっきは顔色悪かったけど、ほんまに大丈夫か』
 最初の挨拶の後、直ぐに気遣いの言葉が出るあたり、やはりかなり心配させたようだ。
 けれど、彼がそのような反応をするのは、少し違った理由もあるのだろう。
「うん、もう大丈夫。それでね、少し話があるんだけど……今から、良いかな?」



 カロン、という軽い音と共に扉を開く。
 室内に足を踏み入れると、喫茶店独特のやや暗い照明と、紅茶の香りが仄かに香る。
 ここは私が通学に利用する駅に、程近い喫茶店。
 時折皆で立ち寄って、紅茶を飲みながら雑談などして、過ごしたりするのだ。
 私はその店の入り口に立ちながら、中を見渡して人を探す。
 待ち人――遠藤真一は、どうやらまだ到着していないらしい。
 まぁ、学校にいた私ほうが位置的に近いから、当たり前といえば当たり前だろう。
 それに、指定の時刻までは結構な時間がある。
 私は店の奥に一人で座り、ウェイトレスに注文を告げた。
 しばらくして目の前に置かれた淹れたての紅茶を啜りながら、私はこれから来る人物のことを考える。
 先ほどの二人と違い、それほど緊張はなかった。気分は極めて良好である。
 これからする話は重要ではあるが、それほど重苦しい話にはならないからだ。
 京子風に言うなら一種のけじめ。そして、それ以上に確認の意味合いが強い。
 といっても、それは京子が良い方向に納得してくれたからであって、そうでなければかなり深刻な話になっただろう。京子が強い人で本当に良かった、と私は心の底から思った。
 そんな風に考え事をしながら、ゆっくりと紅茶を啜る。
 中々遠藤が来ないので、追加でもう一杯頼んだ。
 結局、彼が到着したのは、約束の時刻から三十分ほど遅れた頃だった。
「悪いな、お嬢。ちょっとゴタゴタやってたら遅れたわ」
 開口一番に手を合わせて謝る遠藤が面白くて、私はクスクスと笑みを漏らす。
「良いわよ、別に。けど、遠藤君が遅刻するなんて珍しいわね」
 何気ない言葉。しかし、それに遠藤は僅かに眉を上げて答えた。
「ん。……うちの駅で、夏野と会ったんや。それでちょっとな」
 そう言って力ない笑みを浮かべる遠藤。その様を見て事の詳細は読み取れた。
「……じゃあ、もう何の話かは解ってるのね?」
 問いかけというよりは、確認するような口調で私は告げる。
「ああ、あいつから全部聞いたわ。一発殴らせてもらった。わりと本気で」
 こっちも痛かったんやけどな、と言って手をひらひらさせながら答える遠藤に、つい苦笑が漏れてしまった。
 この分だと、京子にも竹刀で叩かれそうだ。
 もちろん、それほど強烈な一撃ではないだろうけど。
 親友全員に殴られる夏野には同情するが、そこはすっぱり諦めてほしいと思う。その程度には、確かに責任がある訳だし。
「じゃあ、それはもう良いわね。これ以上の追求は無しという事で」
「お嬢がそう言うんやったら、俺が口出しすることとちゃうからな。これ以上何も言わんよ」
 そう言って、カラカラと遠藤は笑う。
 やはり、彼とは話しやすい。
 こちらの意図を読み取ってくれるし、必要以上に干渉してはこない。その淡白さが私には心地良い。
 そう、敢えて言うなら、彼は景史と良く似ていた。

「そういえば。お嬢と二人で合うんは、あん時以来やな」
「フフ、そうね。あの時は驚いたわ。だって、いきなり付き合って、なんて」
 そう、本当に突然だった、アレは。
 私たちは一年の頃から同じクラスだった。
 カラッとした遠藤の性格は秋葉にとっても好ましい。
 男女混合で何かの行事をする際は良く行動を共にした。
 私の中では、夏野と並んで、いや男子の中では一番仲の良い友人――親友だった。
 が、彼の方は少し事情が違った。こちらは純粋な友人として接していたが、彼はそうではなかったらしい。
 丁度、昨年の冬休み前、終業式の放課後に私を呼び出して、先の言葉を告げてきた。
 結論から言うと、当然私は断るしかない。
 私は遠藤のことを友人以上としては見ることが出来なかったし、それ以上に想い人がいた。それこそ、遠藤や夏野と出会う前からたった一人を見ていたのだ。
 けれど、友人として私たちの付き合いは全く支障無く続いた。
 特に何かを約束したわけではない。友人でいることを誓ったわけでもない。
 極々自然な流れとして二人の関係は変わらなかった。
 それで良かったと、心の底から私は思う。
(そういえば、あの時待ち合わせをしていたのも、この喫茶店だったっけ)
「で、話って? まだなんかあんのやろ?」
 先を促す遠藤に、頷いて答えた。
「率直に言うね。京子に、もう私に遠慮するなって言いました」
 彼は、この言葉の意味を理解しているだろう。
 本来これは遠藤にとって重いものだ。けれど、私の言葉に対し、遠藤はごく普通の口調で言った。
「あー、なるほど。んじゃあ今頃は夏野、京子に殴られてる頃やなぁ……。俺らは、一時お別れってことになるんか」
 あっけらかんと、彼は言う。判ってはいたが、遠藤の安定感には改めて感心した。
 京子はあのまま夏野のところに向かっただろう。
 そして、親友を汚した制裁を加えた後、自分がどう思っていたか話す筈だ。
 実際のところ、彼女が何を言おうと何も起きない。
 振られたといっても夏野は私に告白したのだし、そのあと好きだったと言われても、安易の頷くはずがないのだから。
 そんな人物を京子は好きにならないし、私たちの友人にもならない。
 それを承知で京子は話すのだろう。けじめだと、彼女は言ったのだから。
 遠藤もそれを理解しているからこそ、こんなにあっさりしていられる。
 どんな理由であっても違う人物が好きだったのなら、そのままで良いとは言えないからだ。
 けれど、彼らがそれで終わる訳が無い。また一から、今度は相手だけを見ていくことだろう。
 だから、私が心配することは何も無いのだ。
(心配事は、もし万が一、夏野君が京子に付き合ってとか言わないか、だけね。ないと断言できるけど)
 もしそうなったら、今度は右手で平手打ちである。
「そういえば、俺もお嬢に言っとく事があるわ」
「うん? 何かしら?」
 わざとらしく、思い出したようにいう遠藤。
 私はその内容を半ば理解しながらもとぼけながら聞き返した。
 こういうのを、タヌキとキツネの化かし合いというのかもしれない。
「さて、栩野秋葉さん。この僕と――付き合ってくれますか?」
 わざとらしく礼儀正しい口調で告げる遠藤。
「ゴメンナサイ」
 それに対し、わざとカタコトにした口調で、私は断りの言葉を言った。
 そして、クス、と二人で同時に吹き出す。
「ああ、おんなじ相手に二回も振られてもうたわ。もう、諦めた方が良さそうやな」
 クックックと笑いを噛み殺しながら、遠藤は言う。
「フフ、そうね。新しい恋でも見つけなさい」
 クスクスと笑みを続けながら答える。
 そうしてひとしきり笑った後、遠藤は立ち上がった。
 座ったまま遠藤を見上げ、口を開く。
「じゃあ、頑張って彼女探してね」
 その言葉に遠藤はにやりと笑いながら答えた。
「ふん。お嬢よりもっとええ女見つけたるわ」
 そう言って会計に向かいかけたところで、何か思い出したようにこちらを振り返りこう言った。
「あ、そういえばお嬢――兄さんとはどうや?」
 いきなり過ぎるピンポイントな質問に、含んでいた紅茶で思いっきりむせてしまった。
「ケホッケホッ……はぁ、もう、いきなり変なこと言わないでよね」
 そんなこちらの様子にニヤリと口元を歪めながら、遠藤はさらに言葉を続ける。
 どうやら、これが急所だと既に察していたようだ。
「まぁまぁそう言わんと。お嬢の想い人なんぞ一人しかおらんやろ? 最近色々あったみたいやし、結構複雑なことなってんのちゃうん?」
 あまりに正確な分析に内心閉口する。鋭い人なのは分かっていたが、これほどの聡明さは想定していなかった。
 これでも、私はできる限りの注意を払って皆に隠していたのに。
 えっと、とか、それは、とか言ってばかりで答えられず、沈黙を守る私を見て遠藤は笑みを消す。
 別れに向かった足を戻し、代わりに深く嘆息して、言った。
「その様子やと……あんまり上手く行ってへんみたいやな」
 私は答えることができない。その沈黙が、例え肯定のしるしとなっても。
 遠藤はまたもや嘆息。
「俺も何回か会ったことあるけどな。あのタイプは、自分の内面なんか欠片も見せんやろ。お嬢も結構ポーカフェイスやけど、アレは格がちゃうわ」
 そこで一瞬言葉を切り、少しだけ考える仕草。
「ああいうのに、反応を見て行動するのは無理や。もし反応が薄いとか自信が無いとかで迷ってんねやったら意味は無い。見た目じゃ絶対分からんからな。……けどな、お嬢。反応が無いからって届いてない訳やない。もしお嬢が本気やったら――たぶん、結果は出る筈や」
 彼にしては長い台詞。一息ついて、最後の言葉を言った。
「逃げんなやお嬢。後悔したくないんやったら」
 そう言って、遠藤は今度こそ会計を済ませて出て行った。
 私は、一言も返すことが出来ず、ただ呆然と見送った。そして、一言。
「ところで、そろそろお嬢っていうの止めてくれない?」
 返事は、無かった。



 家へ戻る帰り道。
 遠藤が残した言葉が胸中でざわめく。
 そして、私は誰に聞かせるでもなく呟いた。
「うん……分かってるよ、遠藤君。分かってる。でも、簡単にはいかないよね」
 そう言って一度だけ深く嘆息し、空を見上げる。私の内心を体現したような、昏い夜が広がっていた。
 まだ見えない灯火を、何処かにないかと私は探す。





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