(面倒な事に、なった)
 雪村マコトは、そう降りしきる大雨の中で一人ごちた。深いため息と、こめかみに走る頭痛は雨のせいであり、そして今に限って言うなら、それだけではないのだろう。
 マコトを悩ませる原因は、無言で隣を歩く麗人によるものである。
 名を相沢ユウというその人は、長身で寡黙であり、しかし不思議と威圧感を感じさせない不思議な人物だった。
 けれど、ただひたすらに雨音に支配されたこの空間では、今のマコトにとっては、厄介事でしかない

(なんで、こんな事になったんだっけ)
 事の発端は、わずか十五分前に遡る。

Rain Days

―前編―

 突然の大雨だった。
 僕はため息を吐きながら、意を決するように校舎を出て行く後姿達を眺めている。 風に煽られて時折しぶく雨粒が、異様に冷たいことに気付いて辟易とした。
 身を切る北風が、盛大に吹くこの季節。なのに、雪にならずにこの大雨。 六時限目が終了したくらいの時には、既に空模様は不穏な雰囲気だったが、まさかこれほどとは思わなかった。
 天気予報では、少しだけ雪がちらつく程度、と言っていた筈だが、どうやら気象庁の予測は、大して当てにはならないらしい。僕はしばらくの間、心の中で天気予報のお姉さんに悪態を吐いていたが、僕がいくら嘆いても現実は変わらない。
 かといって、この寒空の下、この雨の中を、決して近くは無い駅まで走るのは、とてもでは無いが気が進まない。
 なので、僕は気力を振り絞って駆けて行く、勇気ある男達の後姿をぼうっと眺めながら、玄関の雨避けで雨宿りをしているのだった。
「っ……寒いな」
 突然強く吹いた風の冷たさに、僕は思わず呻いて腕を摩る。
 どうにも体が冷えていた。ぼうっとしていた為に気付かなかったが、時計を見れば、もうかれこれ三十分が経過している。そう意識した途端、体が僅かに震える。あまり、寒さに耐性のある方ではない。
「仕方無い」
 僕はそう呟くと、数メートル先に降りしきる雨を見遣る。
 これ以上、ここにいても意味は無い。おそらく、この雨は今日中に止むことは無いだろう。突然の雨だったので、てっきり通り雨だと思ったのだが、予測が外れた。この分なら、雨宿りなどせず、さっさと帰れば良かったのかもしれない。
 最初に飛び出した勇気ある彼らは、今頃家についている頃だろう。彼らの決断は適切だったらしい。僕は、そう過去の判断を悔いながら、体の力を抜いて、ダッシュの姿勢に入る。
 その時、一瞬だけ頭を忌々しい映像が過ぎったけれど、僕はかぶりを振って思考の隅へと追いやった。今大切な事は、そんなことではない。
 飛び出すからには、出来るだけ短時間で駅に着くのが好ましい。体の疲労は、この際無視することにした。
 幸い、僕は駅までの距離を、全力疾走で走り切る自信がある。陸上部のエースだったこの足は、舞台を降りたとしても、飾りではないのだから。
 息を吐き、前を見る。
 強烈な勢いでふりしきる、雨。
 小動物なら凍死しそうな冷たさの、風。
 気は相変わらず進まない。とてつもなく嫌だ。が、諦めるしかない。僕はそう覚悟を決め、一気に走り出そうとして、
「少し待ってみては如何ですか。今日のアナタには、水難の相が在りますよ」
 ――妙な言葉で止められた。
 聞き覚えのある声。しかし、あまり聞き慣れた声でもない。
「……何か用かな、相沢さん」
 僕は、後ろに振り返って、相手の顔を確かめる前に、そう言った。
「だから、少し待て、と。こんな天気の中、一体何をするつもりなんです? 」
 だと言うのに、その人物は僕の言葉にそう返した。
 僕はもう一つため息を吐いて、今度こそ背後を振り返る。そこにはやはり、予想通りの人物がいた。
 小柄な僕と比べれば、かなりの長身。スタイルはかなり整っていて、まるでモデルみたいなシルエット。
 美麗と称して良い外見は、しかしマネキンのように生気に欠けていて、あまり感銘を与えてはくれない。
 そんな印象の麗人が敬語なのはかの人のポリシーらしいが、それが違和感に拍車をかけていた
(まあ、僕が言えたことでもなんだけど)
 僕との関係は、同じクラスに所属する、いわゆるクラスメイト。
 それだけの、大して話した事もない無関係な人間。 停められる理由など当然のように思いつかなかった。
「……別に。走って帰ろうと思っただけだよ」
 僕は素っ気無い口調でそう言うと、また直ぐに前に体を向ける。そのままゆっくりと、雨の中へ歩き出した。
 水に良い思い出など一つも無いし、濡れるのも好きではない
 寒いのは嫌いだし、風邪を引くのは遠慮したい。
 けれど僕は、それでも僕はここにいたくなかった。
 正確に言うなら、背後の人物……と言うより、自分を知っている人間と、これ以上同じ空間に存在するのが嫌だったのだ。
 だというのに、
「人の話は聞くものですよ」
 前進がとまる。
 右腕の肘より少し下、掴まれている感触。僕は、少しだけ後ろに視線を向けて、言った。
「離して、くれないかな」
 不機嫌な声。
 自分でも解る。自分だから解る。この人物にも、解るだろう。
 僕は、そのまま視線を前に戻すと歩き出した。同時に、腕を拘束していた圧力は喪失。あまりの呆気無さに、妙な感覚を覚えたが、僕はすぐにそれを忘れると雨の中に踏み出た。
 そして、全身を大量の雨粒が襲って――
 ――こなかった。
「何の、つもりかな」
 振り返ると、手に持った傘を僕の頭上に翳している、そいつの姿。
「見て、解りませんか?」
 淡々と、何の変化も無い表情に苛立ちを覚える。
「解らないから言ってるのが、解らない?」
 先ほどとは段違いな程の不機嫌な声。並みの女子なら、それだけで泣いているかもしれないと、男子でも、たじろがずにはいられないと、僕自身が思うほど、剣呑な響き。
 なのに目の前の人物は、そのマネキンの表情を、少しも変えない。怯まない。
「生憎だけど、キミと相合傘して帰る気は無いんだ」
 僕はそう言うと、今度こそ雨の中に歩き出す。
 数歩進んで、止まる。体を見ても濡れている所は無い。意味もなく舌打ちを一つ打った。
「いいかげんにして欲しいんだけど。そろそろ僕、怒るよ?」
 僕は、もはや振り返らずにそう言った。
「お好きなように。こちらも好きにしますから」
 変わらない、声音。
 あまりにも嫌な響きだ。 拒絶では埒が明かない、多少の譲歩を覚悟する。
「はぁ……あのね、僕はあまり異性と話すのに慣れてないから、そっとしておいてくれないかな」
「ええ、そっとしておきます。こちらから話しかけるつもりはありませんから、心配なさらずに」
「ああ、そう」
 そう言いながら歩みを再開する僕に、そいつも歩みを再会しながらそう言った。相変わらず、僕を濡らす雨は無い。いきなり現れて、何を考えているのか解らない。苛々するが、言葉通りに無言でついて来るそいつを、僕はもはや相手にしなかった。
 どうせ、別れるのは直ぐである。僕の使う駅は、この人物の家とは方向が違うからだ。
 そう、途中で分かれるのだ。
 分かれる筈、なのだが…… 、
「……キミの家は、あっちじゃないの」
「ええ、そうですが?」
 何故そこで疑問系なのだろうか。訊いているのはこっちだろうに。
「こっちは駅だよ。キミは、駅に行く必要は無いよね確か」
 そんな事、解らない訳が無いだろう。と、僕は胸中で呟く。
「ですが、ここで別れては意味がない。私は、駅に向かった後戻れば良いので」
 平然とそう言われては、こちらとしても返す言葉が無い。追い払おうにも、私の勝手です、とか何とか言うだけだろう。
(付き纏うな、とか言っても無駄だろうな。……妙な事考えてるようには見えないし……いや、何を考えてるかも解らないんだけど)
 僕は溜息を一つ吐いて諦める。どうせ追い払えはしないのだ。無駄な言葉はただの徒労である。
「解った。もう勝手にすればいい」
 僕はそう言って、駅の方へと歩き出す。
 隣にいる麗人は一つだけ頷いて、僕の歩調に合わせて付いて来る。
 無言。無言。無言。
 僕も、この人物も、けして饒舌な方ではない。どころか、必要が無ければ口を閉ざしてしまう性質だ。けれど、この麗人は兎も角、僕はここまでの静寂には慣れていない。苦痛ではないが、居心地が良いとも言えなかった。
(まあ、ずぶ濡れになるよりは、遙かに良いんだろうけどね……)
 それは事実。この人物の意図が何処にあるにせよ、その行動は善意に属するもの。危険はおそらくないだろうし、ならば親切なクラスメイトの、人助けの行動と認識する事とするしかない。
 やがて、通りの向こうに見える、人だかり。一目見て、それが駅の入り口だと判断できる。
 そして僕達は、結局無言のまま駅へと到着した。何と意味の無い時間だったのか。
「では」と一言だけ呟いて、もと来た道を引き返す、親切なクラスメイト。
 あっさりと、まるで何でもなかったと言うように、そのまま視界から消えようとするそいつに、僕は一言だけ声をかけた。
 ……そう、訊いておきたいのだ、これだけは。
「同情?」
 ただ一言。ありがとう、でもないその言葉。僕の言葉は親切を受けた身で告げる言葉ではない。けれど、僕がここで言うべき問いは、これで正しいと思う。何故かは、解らないけれど。
 すると、かの人物は平然と振り返り、僕の目を見て整然と告げた。

「はい」

 最後に、淡い笑みを浮かべて、それでは、と麗人は僕の視界から消えた。
 はじめて見たその笑みは、驚くほど綺麗で。
 その笑みを浮かべながら言ったセリフに僕は驚き、次いで、苦笑を浮かべてしまった。
「……はい、だってさ。まさか肯定されるとは、思わなかった」
 普通、同情か? と問われて、そのまま肯定する人物などいないだろう。
 常人の反応ではないな、と僕は小さく呟いて、駅の構内にあるコンビニへ向かう。
 何となく足取りが軽い。気分は良好。傘を手に取りながら、もう隣にはいない、あの麗人の名前を思い浮かべた。
「相沢ユウ、か……意外と、面白い人かもしれない」
 はっきりとあんな返答を返す相手に、こんな評価をする自分も十分に面白いのだろうけど、と僕は思う。けど正直者は嫌いでは無いし、あれが嘘ならかなり面白い嘘を吐く人格だと、自然とそう思った。
「また明日とも言わなかったな」
 まあ、挨拶など無くても、明日には会うのだ。別に気にするような事でもない。あのクラスメイトの意図が、実際にどういうものであれ、それはあの麗人の事情であって僕の知った事ではない。案外というか、本当に親切心からかもしれないのだし。
 それより、この不思議な時間は、一体何処の神様がセッティングしたものだろうか。
 駅に着くまで居心地の悪い時間だったが、最後の答えを聞いて評価は変わった。もしセッティングした神様とやらがいるなら、そいつには感謝の言葉くらいは送ってやっても良い、と僕は心の中で呟いてみる。
(そう言えば、水難の相が出ている、とか言ってたけど)
「確かに、ちょっとだけ当たってたかもしれない」
 その独り言に、僕は少しだけ、周りが気付かないように小さく笑う。久しぶりに楽しい気分になりながら、僕は傘を買う為にレジへと向かった。

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 目覚ましの音で目が覚めた。
 時計を見れば時刻は早朝。学校の刻限までに、3時間ほど時間がある。家から学校への時間は、片道1時間程度。それを差し引いても余る2時間の余裕は、睡眠時間を削っているだけの話だ。
 体がだるい。起きたばかりの頭は、まだ回復の為に休息の時間を欲しがっている。それも当然、昨日は夜の0時までバイトがあったのだ。高校生は本来10時までしか労働出来ないのだが、訳あって知り合いの店で働かせて貰っている。
 だから、帰って遅い夕食、というより夜食を済まし、ベッドに疲労で沈む頃には、2時を軽く回っていた。
 学生という立場と今現在の睡眠時間を考えれば、こんな早起きは無駄と言えるかもしれない。が、僕にはこれだけの早起きをしなければならない事情があるのだ。必要である以上、怠る事は出来ない。
 目を覚ますために風呂場へと向かった。熱いシャワーを浴びて、手早く髪と体を洗い、タオルで体を拭いて、着替える。
 この間、約三十分。少し時間をかけ過ぎたかもしれない。
 その後台所へと向かい、朝食を作る。弁当に詰める為、多めに作る事も忘れない。
 無言で食事を終わらせて、紅茶を淹れる。その香りが、最近の僕に許された唯一の心休まる時間だった。10分だけ英気を充電し、それが過ぎると直ぐに歯を磨く。
 自室へと戻り、カバンを空けてノートと教科書、そしてシャーペンを取り出した。
「さて、やりますか」
 昨日は帰って直ぐにバイトへと向かった為、出された課題に手をつける事が出来なかった。だから、こうして朝早くにやっている。これと、弁当を作る為の早起きだった。
 終わらせた頃には、そろそろ家を出なければならない時刻。僕は勉強道具を片付けてカバンに入れ、制服に着替えて、玄関に向かった。
 途中にある廊下の、視界の隅に映るバツ印。忌々しいそれらを、僕は意識的に、意識からカットする。
 扉を開けると、その空は昨日と変わらない。
「雨、か……」
 そう、僕は憂鬱混じりに呟く。
 玄関から傘を一本手に取って、扉を閉める。そして、物音一つしない家に鍵をかけ、駅へと向かった。

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「よう」
 僕が教室に入ると、開口一番そう言って来たヤツがいた。
「おはよう」
 だから僕も同じように挨拶を返す。そのまま僕は自分の席へと歩を進め、カバンを置いたところで彼は僕の机に座った。
「お疲れか?」
 こちらの体を心配してくれるのは在り難い。が、
「とりあえずそこを退きやがれ」
 僕がそう言うと彼は、ははは、と笑いながら机から立ち退く。そのまま、僕の隣の席へと座る。そこが、彼の席であるから当然である。
 初めからそこに座れば良かったのに。
「しかし眠そうだな。昨日寝たの、何時よ?」
 そんなに眠そうな顔してるのだろうか。確認してみたいが、生憎周りの女子達のように鏡など持ってはいない。
「二時……くらいかな。まあ、セイジが心配するほどの事じゃないよ」
 僕がそう言うと、彼――黒川セイジは呆れたように口を開いた。
「そう言えば、昨日はバイトか。相変わらず無茶しやがる。労働基準法って言葉、知ってっか?」
「知ってるよ。だから、わざわざ知り合いの店に頼み込んで、中卒扱いと言う事にしてもらってるんじゃないか」
 僕が事も無げにそう言うと、セイジは心配そうな表情を浮かべる。
「お前、何でそこまで頑張るんだよ。別に、そこまでしなくても生活は出来るだろ?」
 そう言ってくる彼の言葉に、僕は一つの事実を思い出す。
(そう言えば、セイジは結構深いところまで僕の事情を知ってるんだっけ。まあ、幼馴染だし、家近いから当然といえば当然だけど)
「まあ、そうだけど……あまり無駄に使って良いもんじゃないからさ。大学の事も考えれば、やっぱりこれぐらいはしないとね」
 僕の答えに、セイジは言い淀みながらも何か言いた気な表情をする。
 ……まあ、確かに、彼の言いたい事も解らない訳ではない。バイトのある火木土日の次の日は、大抵疲れて授業中は眠っている。学校側もある程度の事情は知っているから、成績が下がらない限りは、あまり強くは言ってこないけど、隣で僕の疲労具合をいつも見せられているセイジが心配するのは、ある種当然と言える事だろう。今日も、これから寝る訳だし。
(そうは言っても……止めるつもりも、ないけど)
 それを言うとセイジがまた何か言ってきそうなので、僕は話題を変える事にした。丁度、幼馴染である彼には、聞いてみたい事があるのだ。
「セイジ、正直に答えて欲しいんだけど」
 僕の切り出した口調に、何か感じるものがあったのか。
 セイジは、心持ち真剣な表情を浮かべて問い返した。
「なんだ?」
「僕に同情した事、あるかな?」
 その言葉に、彼が息を呑むのが解った。
(まあ、当然の反応か……こんな直球な質問、今時小学生でもしないしね)
 けれど、昨日の、あの不思議な帰り道。結局意味不明だったあの麗人は、最後に、言い淀む事も無く、はっきり『はい』と、言い切った。
 ――その、ある種の潔過ぎる正直さが、僕の頭から離れない。
 だから、幼馴染で親友であるセイジにも、同じ質問をしてみたかった。
 セイジの人の良さは、もはや身に染みて解っている。そんな彼が、『同情するか?』という問いに何と答えるか。大いに興味があるのだ。
 人が悪いのは解っている。それでも、僕の中には止められない、何かがあった。だから、固まっている彼の呪縛が解けるのを待った。そして、彼はゆっくりと口を開いて、
「しねーよ。馬鹿」
 そう、言った。
(……そうか。キミはそう答える訳だね)
 内心でそう呟くも、表面上の僕は無言。その沈黙に何か良からぬ雰囲気を察知したのか、セイジは慌てて弁解をしようとするが……。
 ガラリという音をたて、絶妙なタイミングで担任が扉を開いた。
「先生が来た。前向いた方が良いよ」
 僕の感情の混じらない言葉に、セイジは諦めたように前を向く。そこに、僕は小さな声で言った。
「セイジ」
 一瞬、ピクリと反応しながらも、彼はこちらと同じボリュームで口を開く。
「なんだ?」
 多分、彼は僕を傷つけたと思っているのだろう。相手が男だろうと女だろうと、他人を傷つけるのが我慢ならない性質なのだ、この幼馴染は。良いヤツだ、と僕は思う。
「気にしなくて良い。単純にキミの答えが聞きたかっただけだから。正直に答えてくれて助かった」
 僕がそう言うと、セイジは目に見えて安堵し、しかし、一瞬だけバツの悪そうな表情を浮かべる。が、直ぐに表情は元に戻り、彼は何でもない声音を装って言った。
「別に、気にしてねーよ」
 声音が微妙にいつもと違う時点で、その言葉が嘘である事は丸解りなのだけど、僕は苦笑いを浮かべながらその言葉に頷く。そして、担任が点呼を取り出した中、心中で呟いた。
(セイジ。キミは、嘘つきだね)

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(やっぱり、普通はそう答える)
 僕は、バイトの疲れで机に倒れ伏して惰眠を貪りながら、朝のセイジとの会話を思い出していた。セイジは僕の事情を知っている。そして、僕の事情とは、聞けば大抵の人の同情を引いてしまう類のモノだ。 確かに、僕は同情されるのが好きではない。否、嫌いだと言っても良い。
 しかし、客観的に見て同情に値する事情と言うモノが、確かに存在する事は想像に難しく無く、そして僕の事情というのは、正にそれなのだ。
 畢竟、彼らの反応は当然であり、人間として正常な感情と言える。
 それに反発する感情は確かに僕の中にもあるけれど、しかし、その同情には僕を心配する気遣いが含まれているのも、また事実だという事を忘れはいけない。
 同情というのは、その中に見下しや蔑みが混じる場合も往々にしてある。が、セイジやクラスの皆が僕にそれを向けているとは、とてもではないが思えない。それは、見ようによってはかなり態度に現れるからだ。
 で、あるならば、僕が怒るのは筋違いであり、彼らが隠す必要は無い。
 けれど、そこに気遣いがある為に、彼らは僕に、同情している素振りを見せようとしないのだろう。僕はそれに、マイナスの感情を持つ気は無い。……持てればの話、ではあるが。
(けれど、昨日のアレは)
 昨日の麗人は、それをしなかった。同情して当たり前の事実。それに、彼は嘘を吐く事無く肯定で返した。
(やっぱり、ちょっと普通じゃない)
 僕は、それほど相沢ユウと話した事は無い。精々クラス単位で取り決めを行う時や、偶然合った時に短い挨拶を交わす程度だ。
 かの人物がその美貌ゆえに一時期、周囲に騒がれていたのは知っていた。未だに告白を受ける事もあるらしい。が、僕はあまりそういう感性に恵まれていない為、積極的に騒ぐようなファクターには成り得なかった。 頭にどれほどの美の文字がつこうと、それが意味を成さない人間も少なからずいるということだ。
 けれど、そんな如何でも良い所とはまた別の点で、僕はあのクラスメイトに興味を持っている。
 ――だから、僕のその行動は偶然ではなく、恐らく、向こうもそれは同じだったのだろう。
「……」
 簡単に言えば、僕たちの視線が交わった。それだけの話。けれど、何となくおかしく感じて、僕はつい、苦笑いを浮かべてしまった。
 あちらもそれは同様の様子で、苦笑ではないけれど、淡い笑みを浮かべる。そして、まるで何事も無かったかのように、次の瞬間には僕たちの視線は、同時に離れていった。
(相沢、ユウ……変わったヤツ)

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 昼休みになった。
 いつもの様に、チャイムの鳴る少し前にセイジに起こされて、僕はあくびを噛み殺しながら弁当を取り出す。
(さて、今日は何処で食べようか)
 僕の一つの習性として、昼食は独りで、人気の無い場所で、毎回場所を変えて食べる、というモノがある。
 何故そんな事をするのかは良く解らない。クラスに馴染めない訳では無いし、人が嫌いな訳でもない。僕が人を嫌いになる事など、殆ど無いのだ。在り得ない、と言っても良い。まあ、だからと言って、それじゃあ誰でも好きになるか、と言われれば、それはまた、別の問題な訳だが。
 まあそれはともかく、そういうことに関係なく食事を取る時にあまり大人数では、気分が悪いのだ。一人二人なら構わないが、教室の中では気が進まない。
 だから僕は、何処で昼食を摂るかを思案する。
(雨が降ってるから、校舎の外や屋上は使えない。なら、後は……)
「良し、決めた」
 一つの場所を頭に浮かべて、僕は教室を後にした。

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「んー……選択ミス、かなぁ」
 僕は、現在生徒が殆ど使わない、校舎の端の非常階段の入り口に立っていた。
 扉を空けた瞬間身を包んできた冷気に、思わず場所を変えようかと思ってしまう。
 寒いのは当たり前だろう。何せこの階段は、コンクリートではなく、鉄製の大きな柵に囲われているだけなのだ。災害時の煙対策か何かなのだろうが、造りがいくら頑丈であっても、柵であることに変わりは無い。
 そして、外の風景が柵の隙間から見渡せると言う事は、同時に外気も進入してくる訳で。
 外気と言うのは要するに、この冬の、凍える風の事なのだ。
 そんな所で昼食を摂ろう、などと言う発想は、それだけで常人の思考ではないのだろう。
(けれど、時間にそれほど余裕は無い)
 一瞬だけそう考えて、結局、僕はここで食べる事にした。微妙に雨水が進入しているところもあるので、全く濡れていない階段を探す。
 雨の音が耳を打つ中、僕の脳裏に一瞬だけ、赤いサイレンの映像が走った。
「……」
 ぼんやりと雨を見つめる。
(まだ忘れもしない内から、こんな所に来るなんて……何考えてるのかなぁ、僕は)
 それはとても切実な疑問の筈だったが、僕は、まあ良いかと呟いて、その思考を断ち切った。水と風の影響が少ない校舎側の段へと移動する。
 ゆっくりと階段を降り、踊り場を曲がり、そのどこかに座ろうと―― 。
「……雪村、さん?」
 階段の向こう。広い踊り場の壁にもたれて雨を眺めている、相沢ユウの姿があった。

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「やあ、相沢さん。昨日は、世話になったね」
 僕は、一瞬速くなった鼓動を無視して、平然とした口調でそう言った。
「いいえ、あの程度の事、礼には及びません」
 相変わらずの丁寧口調でそう返す、階下の麗人。
 僕は、ゆっくりと、かの人の元へと足を進める。近づいた僕に、そんな事より、と相沢さんは綺麗な声で問い返した。
「雪村さんは、こんな所で何を?」
 こんな所、と表現している辺り、僕と認識は同じらしい。僕は、手に提げた弁当箱を翳して見せる。
「なるほど、アナタもですか」
 相沢さんは、確かにそう言った。
「“も”と言う事は、キミもここで?」
「はい。いつもは他の場所なのですが、今日は、」
 そう言って、ちらりと視線を外に向けるクラスメイト。
「ああ、雨だからね」
 それも、いつもは他の場所、と言っている辺り、今日だけが特別という訳ではないらしい。
「教室は?」
 念の為にそう聞いてみる。そして、予想通りの答えが返ってきた。
「人が多いと、落ち着いて食事ができません」
 なるほど、と僕は思う。つまりは、僕と同じ訳だ。
(といっても、動機は違うっぽいけど)
 僕が何となくでこういう行動を採っているのに対し、この人は定まった意思の元で行動している。想像が追い着く範囲で考えると、教室にいては人に囲まれてしまうから、といったところだろうか。
(人の悩みは千差万別、か。やれやれ、人気者も大変だね)
 そう考えると、何となくおかしくて、少しだけ笑みが零れた。
「ふうん……僕は、昼休みは殆ど、教室にいないから判断できないけど、確かに、昼にキミを見かける時は、いつも教室以外の場所だったね。偶然だと思ってたけど」
 まさか同じような人がいるとは、思わなかったから、と続けながら、僕はその場に腰掛ける。
 そして、相沢さんと同じように壁にもたれて、弁当の包みを開封した。いただきます、と呟いた。
「あれ? そう言えば、キミ、お弁当は?」
 相沢さんはここで昼食を摂っていた筈なのに、それらしきものが一つも無い。
 不思議になって僕がそう問うと、隣の麗人は『ああ、これですよ』といって、コンビニの袋らしきモノを翳した。 袋はそれほど大きくない。中に入っているモノは、サンドイッチかおにぎりの類だろう。それも、もう食べてしまったようで、重量も体積も袋の中には見出せない。
「へえ……意外だね。相沢さんはそっちなんだ。僕は、お弁当用意してると思ってたよ」
 僕のその言葉に、苦笑いを浮かべる相沢さん。
(うん、何時もの無表情より、まだこっちの方が取っ付き易いね)
 僕は玉子焼きを口に運びながら、心の中でそう独白した。
「ええ、まあ、そうですね。私、実は結構怠け者なんですよ。クラスの皆さんの評価とは、かなりかけ離れていると思います。幻滅しました?」
 口調は穏やか。しかし、語る表情の奥底には、あまり単純ではない感情が読み取れる。僕は、そんな相沢さんの問いにいいえと言おうとしたのだが、口に玉子焼きが入っていてはそれは叶わぬ事なので、首を横に振る事によって否定の意思を返した。
「そう言って……は、いませんけど、そう言ってくれると嬉しいです。それにしても」
 相沢さんはそこで言葉を区切って、僕の弁当に視線をずらし、言った。 その瞳には、おそらくこの人にとっては珍しいであろう、好奇の色が隠れている。
「雪村さんこそ、細かいんですね。バランスは勿論、色彩もとても良く出来ています。一つ一つ丁寧ですし……料理、得意なんですか?」
 そう、意外そうな表情で問うて来る相沢さん。ポーカーフェイスだと思ってたけど、結構読み易いかもね。
「あー、やっぱり僕って大雑把に見えるらしいね。でも、こう見えて結構繊細なんだよ?」
 笑いながらそう言って、僕は四分の一ほど減った弁当箱を持ち上げた。
「そう、例えばこの、玉子焼き二号君、ハム巻き仕様チーズ風味、を食べれば、僕の繊細さが良く解る」
まだ手付かずの玉子焼きを示しながら、僕は冗談めかして言ってみた。
「試してみる?」
 勿論、相沢さんは断るだろう。そう判断しての冗談だった。
 ――が。
「そうですね。では、遠慮なく」
「……なんですと?」
 僕の驚きにも構わずそう言って、この麗人は、ひょいという感じで玉子焼きを口に放り込んだ。
 予想外の反応に、僕はリアクションも取れずに硬直。その間にも、この麗人は玉子焼きを咀嚼して、飲み込んでしまった。
(美形は食事も絵になるのか……って、いやいや、突っ込むところはそこじゃないだろ、僕)
 未だに身動き出来ない僕を見て、相沢さんは、さっきより更にやわらかい笑みを浮かべながら、言った。
「ご馳走様でした。美味しいです。やっぱり料理、上手なんですね」
 最後に平然と返されて、僕の予想は全て覆されてしまったが、やがて僕は胴に手を回して体を折る。
 何故か解らない。正体不明のおかしさがこみ上げていた。無理やりそれを噛み殺す――が、無理だった。
「く、くく……ちょ、ちょっと待っ、てよ。……よ、予想裏切るにも、程あるだろ、キミは!」
 笑いが止まらない。気を抜けば、大声で笑い出してしまいそうなほど、切れ切れで無ければ声も出せないほど、僕にとって、この麗人の反応はおかし過ぎた。
 あまりのおかしさに涙がにじむ視界の先では、いきなりの反応に困った表情の、美貌のクラスメイト。それが更に僕の笑いを誘ってしまって、何か、再起不能な感じに笑いが止まらない。
 そして、僕の笑いが収まらない内に、予鈴のチャイムがなってしまった。
 昼休み終了まで後五分。今すぐ戻らなければ間に合わない時間だが、基本的に人が良いのだろう、相沢さんは僕を置いて行く事が出来ないらしい。僕はそんなクラスメイトに、笑いをぎりぎりまで抑えて言った。
「ぼ、僕の事は良いから、先に教室行ってて、よ。も、もう少し落ち着いたら、行くからさ」
 その言葉に、やや戸惑いながらも返事をして踵を返す相沢さん。僕は、そんな後姿にさっきまで忘れていた、言うべき言葉を口にした。
「さっき……幻滅したか、とか言ってたけどさ」
 その言葉に足を止め、かの人は振り返る。
 表情は、無い。それがこの麗人の処世術なのだろう、と思いながら、僕は真面目な表情を作って、言った。
「全然、と答えるよ。キミは、面白い」
 ――本当に、と続けたところで、再び身を折ってしまう。笑うと止まらない性質な、僕だった。
(ああ、キミは本当に面白い。ちょっとだけ興味が、湧いて来たよ)
 最後の言葉は胸の内に隠しておいて、僕は「さあ、遅刻したくなかったらダッシュだ」と、戸惑い顔の麗人を促した。
 心をざわつかせていた雨音が、いつの間にか気にならなくなっていた事に、僕は笑いが治まるまで気付かなかった。

-------------------------------------------------------

「あー、だりぃ……」
 授業終了のチャイムが鳴り、ホームルームが終了した、放課後の時刻。皆がそれぞれの行動に移ろうと、帰宅の準備を一斉にし出しているにも関わらず、隣の親友は机にベッタリと伏せたまま、そうのたまった。
「用意しなくて良いの。部活、始まる時刻だよ」
「今日は筋トレなんだよ……雨だから」
「――」
 そのフレーズを聴いた瞬間、胸が強く疼いた。僕はその感覚を誤魔化す為に、セイジに言葉を向ける。
「サボると、煩いよ? あの頑固一徹な鬼顧問。諦めて行っといた方が、良いんじゃない?」
 僕の言葉に、ピクリと反応するセイジ。何か、虫っぽくてヤな動きだった。
「んあー……そりゃ、拙いな……」
 もぞもぞといった感じで起き上がるその虫……否、セイジは、一つ大きな伸びをして、ホームルームが終了して初めて、僕を見た。
「その虫っぽい動きを止めやがれ」
 こちらに向いた眠た気な目が、やっぱり昆虫のそれとダブって見えて、僕はついそう言ってしまった。
「がはは、未だにゴキブリ一匹触れねえ軟弱野郎の言葉は聞けねーな」
「軟弱野郎言うな。っていうか、ゴキブリを素手で触るヤツとは喋りたくない」
 そう言って、僕は大袈裟に数歩後退する。
「ゴキブリ触るくらいでそれかよ。つーか実際触らねーのに、薄情な親友だな」
「ゴキブリの壁は友愛の絆に勝る」
「うわ、言い切りやがったなてめぇ」
 ただの漫才だった。
「あーもう、ゴキブリなんざ如何でも良いんだよタコ」
 一連の漫才的やり取りを打ち切ろうとするセイジ。しかし、そうは問屋が卸しても、この僕が卸さない、と何となくノッてしまった僕だった。
「如何でも良くない。ついでにタコも好ましくない。軟体、多脚生物は却下する。出直してきたまえ。希望を言うなら、小動物系が望ましい……ハムスターとか、良いね?」
「だーうるせぇ! お前の好みは聞いてねぇ! ハムスターなんざ如何でも良い! つーか偉そうだ貴様!」
 最後に貴様とか言ってる辺り、僕より彼の方が暴走してるように見えるな。
「まあまあ、ちょっと落ち着こうよ。――馬鹿に見えるよ?」
 最後にさらりと止めを刺して、歯止めを取っ払う僕。誰のせいだー!と、セイジは盛大に自爆してくれた。
 ……ノリが良いなぁ、キミは。
「くそ、良い様に踊らされた……何時の時代の魔女だ、てめぇは」
 その言葉は聞き捨てならない。この僕を魔女と評するなど、論外にも程がある。僕を何だと思ってるんだ、セイジは。
「それは非常に心外だね。せめて詐欺師と呼んでくれないかな? キミをだまくらかすのなら、それで十分だから」
「尚更性質が悪いわ!」
 また血圧上げてる親友を、親切にも宥めてやる僕。キミが高血圧で死なないのは、僕のお陰だと思って欲しいね。
「あーもう、いいかげんにしやがれってんだ。お前、俺で遊んでるだろ、絶対」
 半眼でそう問うて来る親友。僕は笑顔で答えてやる。
「全然、そんな事は無いよ。全く……キミを心配している親友に対して、その言い草は無いんじゃないの?」
「……笑顔で言うセリフじゃねーの、解ってて言ってるだろ」
 確信犯め、と付け足すセイジ。口の悪い幼馴染だと思うね。
「散々喚いてたけど、結局行かなくて良いの? 部活、始まってるよ」
 いいかげんセイジで遊ぶのも可哀想なので、元の話題に路線を戻す。
 するとセイジはとたんに、嫌な事を思い出した、というような表情を浮かべた。
「行くには行くが……面倒だよなー」
 そう言って、また何時の間にか机に突っ伏しているセイジ。気付かなかった。
 心底面倒そうな彼は、不意に僕を見て、何か名案でも思いついたように、こう言った。

「そうだ。今日、お前も来いよ。久しぶりにタイム競おうぜ。雨でも一本くらいいけるだろ」

 ――思いがけないその言葉。不意をついて走る、痛み。
「やっぱさ、お前いないと、何となく張り合い無いんだよ。まあ、本気で比べる訳じゃなくて、昔みたいに軽くさ」
 聞こえる。否、聞こえない。否々、聞こえるのに聞こえない。意識は此岸にはなく彼岸へと疾走している。
 一瞬で脳裏に投射される映像。賞賛。退場した舞台。意味の無くなった自信。存在意義の消失。アイデンティティの崩壊。反射する赤いサイレン。取り囲む見知らぬ人々。言葉をかける見知った人々。動けない彼ら。運ばれる彼ら。もう会えない彼ら。バツ印。交差した墓場。墓守。ひとり、一人、独りな誰か。間に合わなかった誰か。雨に打たれて、肩を震わせているソイツを――、
(黙れ)
――全部ねじ伏せて、僕は言った。
「ごめん。行かない」
 たったそれだけの短い言葉。けれど、それまでこの場に満ちていた楽し気な雰囲気は全て、霧散した。
 失言に気付いたのか、セイジは後悔したような表情を浮かべて、目を逸らす。
「悪い。何言ってんだろうな、俺……馬鹿だった」
 彼の謝罪に、僕は一言だけ気にしなくて良いとだけ答え、さようならも言う事無く、教室を後にした。

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「あ」
 脳裏でリフレインする雨音を無視しながら玄関まで歩き、外の風景を見たところで、大事な事に気がついた。
「傘、忘れた……」
 それだけ混乱していたという事だろうか。常の自分には在り得ない凡ミスに、僕は愕然としながら振り返る。 取りに行けば良い。どうせ、もうセイジは教室にはいないだろう。誰に憚る事も無い。
 けれど、何故か足が動かなかった。というより、何故か傘を取りに行く気が全く起きなかった。
 再び振り返る。
 外は昨日と変わらない大雨。これほどの雨量が何処に貯蔵されていたのだろうか、と疑問に思うほど、その勢いは変わらない。
 僕は、傘を取りに行かずに、そのまま靴を履き替える。昨日と同じように雨が止むのを待つべく、玄関の雨避けで立ち尽くした。昨日と違う事は、傘を忘れて走っていく生徒達がいない事。
 そして、あの不思議な時間も、どうやら今日は訪れはしないようだ。
 時計を見れば、待ち始めて約30分が経過している。このまま待っても、雨が止む気配は無い。もうここにいるのは時間の無駄だと、僕は何かを諦めるように溜息を吐いて、ゆっくりと雨の中へと歩き出した。
 ずぶ濡れて帰るのも、悪くない。何も考えずにこのまま駅へ行こう。僕にはもう走る必要も、義務も無い。そう思い、 昨日と同じように、全身を大量の雨粒を受けようとして、

「少し待てと、昨日言いませんでしたか?」

 同じ声に、止められた。



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