Tale−convergent−

 Other-1

 

「おい、何をしている」
 通話に集中していると、唐突に声をかけられた。
 左手に持った咒話器に向かって、一言二言呟いて通話状態を終了する。
 転送された資料を折りたたんで振り返った。
 修道服に似た黒いローブ姿の人間が一人。
 そいつは、絶世とさえ称えられるほどの美しい女だった。
 白皙の肌は清らかな聖女を髣髴とさせ、肩まで伸ばされた艶のある黒髪は、絹で織られたかのように滑らかだ。
 底が見えない漆黒の瞳は、愚かな男を虜にする深淵。見つめるだけで、心の中を覗かれているような錯覚さえ引き起こす。
 黒白で構成された美の中で、その形の良い口唇だけが血のように鮮やかな紅を主張していた。
 少女と呼ぶには美し過ぎる。女と呼ぶには可憐に過ぎる。ならば聖女と呼ぶに相応しい。
 ……しかしその芸術品は、外見とは全く一致しないような言葉遣いで声を発した。
「今何時だと思っている。私の安眠を邪魔する気なら、今すぐ首ごとその口を切り落としてやるぞ」
 その声音さえ、小鳥が囀るような美しさだった。けれど内容がコレでは意味がない。
 というかいい加減、この口調はどうかと思うのだ。
 そう、仮どころか目前の聖女は正真正銘の女の子なのだから。
「なあ……その口調少し直してみないか?」
「何故、私がお前の指図を受けねばならない」
 にべもない。繰り返すこともはや数度、この件については永久にこのままだろう。
 まあ、口調はともかく中身はそれほど裏切っていないわけだし。
 目の前の深淵の眼をぼんやりと見つめながら、俺はそんなことを考えた。
「む? な、何を見ている。私の顔に何かおかしな所でもあるのか?」
 それほど長い間見つめた覚えはないが、一体何を感じ取ったのか。
 詰問口調とは裏腹に、その声音は不安に染まっている。
 他人とは切り払うモノだった彼女にとっては、この程度でも未経験の領域らしい。
 女神にも勝る美貌を持つくせに、そんな自分には無自覚。あまつさえこんなことで勘違いして不安になるほど、自信皆無な所も少し可愛い。
 そんな訳で、この俺――ルシファ=ストラトスは、ちょっとばかし目前の聖女をからかってみる事にした。
 「いや、全く問題無いな。おかしな所があるとすればそれは、あまりに綺麗過ぎて目に毒なところぐらいか」
 そう言って、にやりと笑ってみる。中々決まったと自分では思うのだがどうだろう。
 「な、なななな……」
 案の定というか、照れ屋な彼女は割と間抜けに、それでいて可愛く口を開いたまま固まってしまった。
 しかし、次の瞬間――。

「――ッ、……ちょ、おま!」

 ガキン、と金属同士が、激しくぶつかり合う音が部屋に響いた。
 それはネメシス=コールライトという名の似非聖女が、予告もなしに壁に立てかけてあった飾りの斧を、とんでもないスピードで振り下ろしてきたからだ。
 行き先はもちろん、俺の脳天。うぇるかむ、うぉーあっくすである。
 瞬間的に短刀で受け止めなければ、美しい銀の斧を脳天に飾るという間抜けなファッションのまま、強制的にあの世への片道切符を買いに行かされるところだった。
 あまりの突飛な、というより異常な行動に俺が唖然としている間に、真っ赤な顔で彼女は言う。
「い、いきなりなんて事言うんだお前は!」
「それはコッチのセリフだ!」
 声を荒げるネメシスの頬は仄かな赤に染まっていて、こちらの言葉理解していることは確かだと思う。
 けれど、先ほどの言葉が、何故今のような凶行と結びつくのか。
 常人にはまるで理解できない行動原理だった。
 考えても解らないなら、本人に訊いてみるしかない。もちろん、斧を受けているこの体勢のままで。
 「なあ……綺麗って言葉の意味知ってる? 知らないならここで教えておこうか? このままじゃこれから先、お前を褒める哀れな男達だけで、天国の門に行列ができるから」
 「そんなことくらい知ってる、私を馬鹿にするな!」
 そう言って似非聖女は手に持った斧を引き、体を一気に回転。
 遠心力によって超高速で旋回する刃の切れ味は、人生で体感したくないランキングの中でも屈指だろう。
 しかもその斧を振るっている真っ最中の彼女は、一部の業界では名が知れ渡るほどの人物で、さらにその業界はこうして斧を振ったり槍で刺したりといった技術が必要な業界な訳で。
 何となく想像がつくだろう。つまりは、それなりに剣呑な世界の実力者が振るう斧で、ついでにそれが結構本気だとすれば遠慮したいのは当たり前だ。
 という訳で、大人しく攻撃を受けるという選択肢は全面却下。
 おまけに短刀で防御する、という選択肢もあっさり放棄。
 あの加速がついた質量の一撃で、命がけの強度試験をするほど熱心なテスターにはなれない。
 故に現状を分析する。
 こちらの位置は壁際だ。
 後退は不可能。水平にスウィングされた斧に対して、横に逃げるのは単なる自殺行為。
 上に跳んで避けるなんて離れ業を試す気はさらさら無いし、そもそも空中などにいようものなら返す斧の的である。ならば、残る選択肢はただ一つ。
 この場で一番良い回避方法、それは。
「ふッ」
 斧がこちらの胴を真っ二つにする寸前に、一気に下方にしゃがみこんだ。
 ついでに、ぎりぎり頭上を通過する斧の側面に短剣を突き立てる。
 それほど丈夫ではない斧の腹を破砕して、壁にそのまま縫い付けた。
「くっ、……惜しい」
「ちょっと待て! 惜しいってなんだ、惜しいって!」
 俺の言葉には一言も返さず、あまつさえ、心底悔しそうに舌打ちさえする旅の仲間。
 そして、彼女はさらにとんでもない行動に出た。
「仕方が無い。――レクイエム!」
「なんだとぅ!?」
 彼女が手を掲げながらそう叫んだ瞬間、間違いなく空だった彼女の手に、一本の大鎌が収まっていた。
 黒く長い柄と白銀の刃にビッシリと刻まれた、血のように紅い魔術文字が不吉に煌く。
 どうみてもただの武器ではない。フォルムなど関係なしに、生物はアレに忌避を抱く。
 ネメシスは、その死の刃を寸分の狂いも無く、正確に俺の心臓を狙って振り下ろしてきやがった。
(この馬鹿、本気か!?)
 冗談抜きに存在の危険を感じ取った俺は、全力で右に跳躍することで回避。
 俺が避けたことで死の大鎌は標的を失い、その先の壁を直撃した。
 大鎌はそれがまるで薄紙を一枚張っただけだと言わんばかりに、有り得ないほどに滑らかな動作で壁を切り裂く。
 しかし俺は知っていた。あの壁は間違いなくレンガ造りであり、刃が突き立つことはあってもあれほど簡単に切り裂けるほど、根性なしではないことを。
 のみならず、大鎌通過した切断面の周りが、ひとりでにボロボロと崩れ落ちる。断じて、切断による衝撃が原因などではない。
 目を向ければ、そこには刃物で斬ったとは思えない大穴。
 こんな怪現象を引き起こすことが出来る存在を、俺はネメシス以外には一人も知らない。
「避けるな!」
「無理言うな! っていうかお前、いきなりそんなモン使いやがって……本気で俺を滅ぼす気だっただろう!」
 彼女の理不尽な言葉に反論しつつも、彼女の間合いから離れるべく距離を取る。
 じりじりと後退する俺に、ネメシスは冷笑を浮かべて言った。
「何をいまさら。いつでも殺して良いと、お前自身が言ったではないか」
 一見馬鹿馬鹿しく聞こえるが、彼女の言葉は本当だ。
 少し前に、とある事情で、何を血迷ったのか、俺は目前の死神さんにそう言ってしまい、それ以来、彼女はことあるごとに手近な物で殺害しようとしてくる。
 普段はそれこそお遊びにじゃれつくようなものなのだが、あの大鎌だけは洒落にならない。
 なぜなら、アレはこの世で唯一、無条件に俺を滅ぼせる武器だからだ。
「それはあくまで殺すだけだ! 滅ぼして良いとまでは言ってねえ!」
「……フッ、気にするな。すぐに、私も後を追ってやるから」
「怖過ぎる嘘を言うな!」
 こちらの言葉はまたもや無視し、ネメシスは今度こそ俺の存在を絶つべく接近する。薄く笑う瞳が、今度は本気だと告げていた。
(くっ……なんで冗談でこんな目に……、仕方が無い)
 いくら約束したと言っても、あの約束はもっとロマンティックな状況を想定していたのだ。こんな事で殺られるわけにはいかないので、やむを得ず抵抗を試みる。
 ため息を一つ吐いた。手で右目を塞ぐ。視界が半減、残った左目で対象を見た。
 けれどそれではまだ足りない。どれほどの美しさも、今は邪魔だ。彼女の運動に意識を集中し、見えるものをそれだけに限定する。
 微かな頭痛と同時に、視界から周囲の風景とネメシス本人が消失。言葉では言い表せない、運動エネルギーだけを凝視する。

 ――停まれ。

「クッ、魔眼だと……卑怯だぞ貴様っ」
お前の反則技AllSlayerよりはマシだばかやろう」
 目前には、禍々しい凶器を握り締めているネメシス。
 首元で、あと数刹那でこちらの命を切り飛ばすところだった死の大鎌がぬらりと光っている。
 もし仮に、何かの手違いでネメシス本人が手を止めようとしても、あの加速を静止させることは不可能だ。
 だというのに、まるで時間が停滞したかのように、その動きを停めていた。
 悔しがるように苦悶に歪む彼女の顔。
 それでも、彼女の体は一ミリたりとも動きはしない。
 殺せなかったことが余程悔しいのか、目元には涙さえ浮かべている。
 (こ、こいつは本気で危ないかもしれん)
 そんなことを思い浮かべながら、俺は説得を試みた。いっつねごしえいしょんである。
「からかったのは悪かった。謝るからそろそろ冷静になれ。お前、本気で俺を滅ぼす気か?」
「ああ」
 即答だった。言葉では拉致があかないと判断。
 淡い期待を込めてその瞳に隠された感情を読み取ってみる。――殺す気しかないようだ。
 頭痛が増した気がして、こめかみに手を当てる。
「お前って、少しからかわれたくらいで相手を殺すほど危ないやつだっけ?」
 仕方なく、忌憚のない疑問をぶつけてみた。
 その問いにネメシスは殺意に怒りを混ぜて俺を睨む。
「何を馬鹿な、お前以外にこんなことするか!」
 そして、不機嫌なままの表情で、お前は私にどんなイメージを持ってるんだと付け足した。
 そうやって拗ねる様はとても可愛く見える。見えるが、しかし……。
(自分でやっておいてわからないのか? いや、それよりも)
 今のはわりと爆弾発言な気がするのだが、彼女はどうやら気づいていないようだ。
 好意から来る照れ隠しの行動なのか。それとも、特別俺が憎いだけなのか。
 その辺りが判断つかないのも非常に困る。
 何せ自分が嫌われてるか好かれてるか、因果が絡みすぎて判断できない。
 それほどに俺達の関係は曖昧で、かつ不安定なのだ。
 何故なら元は敵国同士、幾度と無く殺し合いを演じた仲である。
 今二人で旅暮らしをしているのは、もう流れとしか言様がなかった。
 まあ、やる事成す事全てが過激な方だから、案外照れ隠しの方かもしれない。
 というか、そう思わないと精神安定上よろしくないし。
 ただ、どちらにしてもこのまま続くとどんな展開になるか予想もつかない。感情の質がどうであれ、あいつは俺を殺したいらしいのだ。話の方向を変えておかないと恐ろしいことになる。
「まあ、とりあえず俺を滅ぼすのは今度にしとけ、今からちょっとまじめな話だ」
 俺の言葉に何かを感じたのか、ネメシスの攻撃的だった視線が落ち着きを取り戻す。
 流石ビジネスライクな死神さまだ。お金の話には敏感らしい。
 まあ、そうでもなければ、斧とはいえ銀器が飾られているような部屋に泊まることなどできないわけだが。
 その瞳に冷静さを見取ってから、彼女の自由を開放した。
「……って、ばか、うわぁ!?」
 今まで繋ぎ止めていた鎖が切れたように、というか実際そうなのだが、ネメシスがバランスを崩す。
慌てて支えようと手を出すが、一瞬の差で間に合わなかった。
 ベチャ、という擬音に俺は天を仰ぐ。
 打ち所が悪かったのか、ピクリとも動かない。本気で逃げられるように、両足に力を込めた。
 そして、数十秒の時が経過――。
 唐突にムクリとネメシスが起き上がった。
 その顔を見て、思わず絶句した俺を一体誰が責められるだろう。
 どうやら頭から落ちたらしく、白く綺麗な筈の額が赤くなっている。それ以外の部分、例えば頬とかも薄らとピンクに染まっているのは、果たして見間違いか否か。
 精神的に酷く痛かった様子で、その目には乙女の結晶が実を結ばんとしていた。
(ああ、まずい……なみだ目になってる。このままだと)
 嵐の前の静けさ。ここは間違いなく台風の目。
 消し飛ばされないよう、これから起こるであろう何かに覚悟を決め――。
「それで、話とは何だ」
「は?」
 彼女が起こす嵐に対して身構えていた俺は、その言葉の意味を量り損ねて、自分でも間抜けな声だと思い聞き返した。
 それに対して、ネメシスは何かを堪えるように低い声。
「だから、先程の話、だ」
(なるほど――なかったことにする気か)
 醜態を演じて、逆に正気が戻ったか。
 涙は未だに浮かんでいる。その頬の赤味ときたら、何も知らない男なら勘違いしてしまいそうなほどだ。
 だから、敢えてそこには触れずに彼女に話を合わせる。
 ここで指摘すれば、今度こそあの大鎌で魂まで斬り殺されるだけだ。
 人間に限らず、どんな存在でもいつかは滅ぶものである。
 しかし、流石にこんな状況で死ぬのは間抜けと言う他無いだろう。
 人間並みの名誉は持っているつもりなので、ここで彼女をからかって死ぬ愚は冒せない。
 ……実は今も、少なからず悪戯心が働いてはいるのだが。
 内心の衝動を無視して、本題に入ることにした。
(やたらと長い前置きだったな。何故か死に掛けたが)
「まあ解ってると思うが、連絡がきた。途中不審な点があっても、とりあえず最後まで聞いてくれ」
 黙っているネメシスに視線で問う。
 彼女は解っているとばかりにこくり頷いた。 それを見届けて、俺は手元の資料に視線を落とす。
「率直に言うと仕事だ。依頼内容は少々複雑だが、まあ難しい事じゃない。三日後の午前零時、とある場所、とある人物と接触する事」
 俺は、依頼の詳細を彼女に話す。
 接触時のアクションについては自由。展開がどうあれ、軽く戦闘を行うこと。
 目的は対象の実力調査。ただし、殺してしまっても構わない。
 対象は男女一人ずつ。女の名はマリア=セルロット、反アカデミーを掲げるレジスタンス"ローリエ"に所属。
 通り名は歪のマリア。由来は不明、目撃者を必ず消すようなタイプではないが、一見では見破れない能力。
「む……ローリエと来たか」
 ネメシスは眉を顰めて独り言のようにそう言った。
「ああそうだ。念のために、その辺の情報を整理をしておこうか」
 そういうとネメシスはゆっくりと頷いた。
 ローリエルは、アカデミーと呼ばれる組織と敵対する、一種のレジスタンスだ。
 アカデミーとは流体の原理、そして魔獣や鬼、悪魔や天使といった高位存在の性質を究明するべく設立された、学術組織にして、この大陸最大の製薬会社である。
 もっとも、この辺りは依頼人の受け売りで俺にはよくわからないのだが。
 表向きはただデカイだけの薬屋。しかし、裏ではとんでもないことをやっているようだ。
 曰く、脳内に機器を埋め込み、精神を操る実験を行っている。
 曰く、人から鬼や悪魔を生み出している。
「つまる話が人体実験か。それ敵対するのが反アカデミーを掲げるレジスタンス、ローリエだったか?」
 尤も俺たちにはあまり関係のない話だ。重要な点は、この二つの組織の敵対という図式そのもの。
 アカデミーはその研究の性質上、副産物として強力な武力を生産している。
 高性能の法具や咒力武装兵器。人工生産された鬼兵団、その他にも怪しげな研究成果多数。
 それに対しローリエは咒法師の集団。彼らのリーダーは、類稀な戦闘力と統率力を誇る特級の咒法師らしい。
 切れる頭脳に加え、判断、決断力は一級品。戦争を指揮するのにはこれ以上無いという天性の塊である。
 単純の武力はアカデミーの方が上なのだろう。けれど、ローリエルはそれでも十分に活動を続けている。
 どちらも危険な組織だ。そんな力同士の対決は裏社会の人間、つまり俺たちにとっても無関係では済まされない。
「組織同士の争いに個人の力なんて関係はない。鬼門というのなら、これ以上の鬼門はないかもな」
 だから、ネメシスのさっきの反応は、この世界の人間なら当然の反応。
「次は男の方だ。名はヘイズ=ロートシルト」
 こいつの立場は簡単だ。俺たちと同じフリーの便利屋。護衛、探偵、運び屋、暗殺、何でもやるA級咒法士。なんでも、当代の練成士では五指に入るとか。通り名は、
「王冠?」
「ああ、大袈裟だがそういう通り名らしい。戦って生き残ったヤツの証言だと、練成士では勝てない、そうだ」
 久しぶりに長いセリフを言い終えて一息つく。
 立場は簡単といっても、厄介さではどっちもどっちだ。女に比べて、このヘイズという男の資料の少なさ。
 名前自体は通っているのに、本人に関する記述が殆ど無い。何故なら、狙われて生きている人間がいないのだ。生き残っているのは、単にターゲットの周囲にいた人間に過ぎない。
 仕事は選ばないらしいが、経歴からはっきり言わせてもらえば、こいつは探偵でも運び屋でもなく暗殺者。こと命の遣り取りにおいて、一番敵に回したくないカードである。それなら、まだ軍神の方が御しようがあった。
 そして、資料に書かれた名前を眺めているうちに、わざわざ言わずともコレを彼女に見せれば良かったこと気付いた。
(……まあ、いいか)
「説明は以上。何か言う事あるか?」
 俺の言葉にネメシスは問い返す。
「依頼人の素性は?」
「不明だ」
「私たちを選んだ理由は?」
「不明だ」
「対象二人の関係は?」
「いや、何の関わりも無い。対象たちは三日後の午前零時、指定の場所で初めて接触する。
互いその事は一切知らない。本人たちはその時、偶然出会う事になっている……らしい」
 実のところ、自分でも何を言ってるのかヨクワカラナイ。
 そんな俺の答えにネメシスは一瞬だけ考える素振り。もう一度俺を見る瞳には非難の色が灯っていた。

「断れ」
「……りぴーと、わんすもあ」

「聞こえなかったか、そうか。ならもう一度言ってやる。断れ。
大体、今何時だと思っている。こんな非常識な時間に匿名の依頼かと思えば、力量を測りたいのに殺しても構わない? 何がしたいかさっぱり解らん。
おまけに対象は現在戦争中の組織所属で、もう一人は軽い戦闘なんて言ってられない暗殺者。
それでもって、何の関わりの無い二人が三日後の零時に偶然出会うだと? 何故そんな事が解るんだ? 
依頼人は予知能力でもあるのか? それとも何か重要な情報を隠匿しているのか? 
馬鹿馬鹿しい。胡散臭いにも程がある。依頼内容が不鮮明なら意図も不明。おまけに依頼の前提さえ根拠無しだ。――そんな馬鹿げた依頼なぞ請けられるか馬鹿!」
 そう一気にまくし立てて、ネメシスは一つ荒く息を吐いた。良く喋ったなと下らないことを考えてみたり。
 正直彼女の剣幕に圧倒されて、体が硬直していた。
 けれど時間は無常だった。そう何秒も固まっているわけにもいかず、気落ちするのを堪えて俺は大切なことを伝えた。
「それがだな……実は、現在資金が不足していてな。断りたいのは山々なんだが、そうもいかない状態なわけ」
 情けない俺の言葉に、案の定ネメシスは目じりを吊り上げる。
「何を言っている。確かに私たちは裕福とまでは言えないが、それでもこんな依頼を請けねばならないほど逼迫してはいない筈だ。明日にでも情報屋の所に行って、適当に簡単な依頼を受ければ良いだけの――」
 話、と言いたかったのだろう。けれど彼女は、何か見てはいけないものを見てしまったような顔で、言葉を停めた。
「そういう事だ。明日の朝には、依頼を選ぶなんて贅沢な暇は無くなっている」
 そこには、先ほど誰かさんが開けた大穴があった。ちなみに、この部屋はボロ屋でもなんでもない。
「――修理費」
 呟いて、ネメシスは天を仰いだ




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