わたし、ことメイス=ガーランドは落ち込んでいた。
 理由は単純、見慣れない上に怪しい男がいたから侵入者だと思って排除しようとしたら、その男はすごく強くて、しかも侵入者でさえなくて、おまけにわたしが敬愛するリーダーとただならぬ関係らしい。
 ローリエ最年少にして最高峰の咒踏士としての自負と、大切な人をとられたという焦燥が同時に圧し掛かってきた。
 正直に言おう。かなり泣きが入ってる。
「うぅ……」
 今、廊下を歩いているのは彼女を含めて四人。組織のリーダー、エルダと、彼女の側近であるマリア、そして侵入者――もとい、客人であるらしいヘイズという胡散臭い事この上ない怪しい男。
 その内心の評価に、また一つ落ち込んだ。彼がもう少し弱かったら、とんでもない事になっていた。間違って客人を殺してしまいました、なんて許される事じゃない。エルダが慌てて仲裁に入ったのは道理だ。後一瞬遅かったら、怪我人もしくは死人が出ていたのだから。
 そう、謝るのならわたしで、助けられたのもわたしだ。拗ねている場合じゃない。
 けれどもし拗ねていなくても、今は謝る事は出来そうになかった。マリアは良く解らないという顔をしているけど、メイスにはエルダの表情の意味が読み取れたから。
(リーダー、嬉しそうだなぁ……)
 努めて平静を装っている。もしわたしとマリアがいなかったら、彼女はあの男に抱きついていたに違いない。
 根拠はないが、必要がない。見れば解るからだ。エルダは、この三年間メイスが見た事もないほど喜んでいる。
 一番悔しいのはその一点。内心でヘイズという男を未だ敵視してしまうのも、自分の行動に酷く落ち込んでいるのも、理由は本当に簡単な事。そう、わたしは嫉妬しているのだった。
(だって、悔しいものは悔しいんだ)
 誰にも分からないよう小さく、わたしは溜息をついた。



Tale−Dried Flower−

 
Other-5



 三人はそのまま会議室に入ってしまった。メイスは辞退して、巡回に戻る。
 正直中の話が気になって仕方がないが、今ローリエは緊急事態なのである。
 そう、事の発端は二日前だ。マリアが任務遂行中に、殺人事件が起きた。
 犯人はシフォナ=エレノーラ。ローリエの咒法士の中でも、メイスに次いで有能な、少し年上のお姉さん。今でも信じられない。シフォナが実は敵で、ずっと裏切っていて、そのせいでマリアが死に掛けたなんて悪い冗談だ。
 けれど、夢でも冗談でもなく事実だった。彼女の任務は終わっていたのか、突然重要機密が記されたディスクを持って逃亡を図ったのである。
 勿論機密情報は持ち出し厳禁。警備の咒法士が二十四時間管理していて、保管室はいかなる理由があろうとエルダと共にでなければ入る事さえ出来ない。だから、彼女は警備の者を殺して情報を奪取した。
 そんな事すれば艦内全域に警報が発令される。咒法士は例え寝ていようが三秒で体制を整え、全出入り口は自動封鎖。それらを強引に突破して、シフォナはホームを脱出した。
(逃げられる訳、ないのに)
 彼女は確かに有能だ。メイスであってもそれは同様だけれど、並の咒法士なら彼女がフィールドに入ってしまえば十人いたって太刀打ち出来ない。B級指定とA級指定では、それほどに隔たりがある。ローリエの八割はCないしBに分類されるから、シフォナからすれば逃亡など容易な事だったのだろう。
(わたしがいなければ)
 わたしのスピードは折り紙つきだ。それこそ、咒踏士の中でさえ飛び抜けている。メイスの法具――鬼神おにがみは、通常のそれらとは一線を画す。三つの鍵を解放すれば、それこそ神代の力を再現出来る代物だ。限定している今の状態でも、人間一人に追いつく事など容易い。
 すぐに立ちふさがったメイスは、彼女に問うた。
「なんで? なんでこんなことするの?」
「メイスにはわかんないよ」
 それだけだった。そして、それが最期の言葉だった。何故なら、死の宣告が夜の森に響き渡ったから。
 崩れ落ちるシフォナに駆け寄った。全身は綺麗なまま、ごっそりと吹き飛んだ左胸。顔は無傷どころか血の跡さえない。慈悲さえ感じる精密射撃は、刹那にも満たない間に彼女を停めた。
「足止めありがとう。後は私に任せて、貴女は帰りなさい」
 ソレから先は記憶にない。分かったのは、メイスとの会話がシフォナにとって致命的な隙だったという事だけ。
(エルダに逆らえば、こうなるのは解っていただろうに)
 エルダは優しい。家族のいないメイスを拾ったのは彼女だ。咒法士として戦う事さえ止めてくれた人だ。けれど、メイスにはメイスの理由があった、それを認めくれたのも彼女だ。
 シフォナも同じだった筈だ。そう、エルダはメイスの母であり、シフォナは姉なのだった。
 けれど、エルダはローリエのリーダー。最高責任者として、憎むべきアカデミーの間諜など許しておけない。
 知っていた。あの人は苛烈さと優しさを同居させている人だと。シフォナは既に仲間を殺していた。ローリエの誰であっても庇えないし許せない。エルダはただ、一番辛い役を引き受けただけ。
 結果的にシフォナは死に、エルダは拾った責任を取った。それをお膳立てしたのがわたし。機密は持ち出される事無く、裏切り者一名と警備三名が犠牲になった。それだけの話だった。

  *                 *                 *

 ……正直に言えば、エルダには不満と怒りがある。家族だと思っていた人を殺した、ソレは良い。どれほど悲しい事だとしても、受け入れない訳にはいかない。けれど、あんな事があったのに、昔の知り合いが訪ねてきたくらいであんなに嬉しそうにするなんて。
(――リーダーは、何とも思ってないの?)
 そんな事はないと思う。けれど、分からなくなってくる。正しいのはわたしの想像しているエルダなのか、今笑っているエルダなのか――。
 そんな事を考えていたから、わたしはその時自分の前に現れた人物に、咄嗟に反応出来なかった。

 首筋に衝撃。

(え――なん、で?)
 意識が遠のく。法珠は致命ではないと判断している。己の身を真っ先に分析する咒法士として一面、それとは違う場所で、わたしはただただ首を傾げた。
 目前で無表情にわたしを見下ろしている少女。あの綺麗で長い髪と蒼い瞳は、良く知っている姉のものだったから。
 咄嗟に自分がいる場所を確認する。手術室前。すぐ横には確か死体保存用の――。
 もう一度衝撃。ソレを最後に、メイスの意識は闇の底に沈んでいった。



Back   Menu   Next

inserted by FC2 system