Tale−Dried Flower−

 SideA-
5



 会議室の前でメイスと別れる事になった。彼女は巡回があるから、と足早に通路の向こうへ消える。
 浮かない顔をしていたので気になったが、ついていく訳にもいかない。マリアがいなくては、話が上手く進行しないだろうからだ。
 それに、正直に言えば興味があった。先ほどの遣り取りを見た限り、エルダはヘイズの事を知っているらしい。口ぶりからして、中々親しそうな印象も受けた。
(三年と言えば、ローリエ結成前だし)
 私はローリエの中でも最古参の一人だ。むしろ、結成にあたっての中心人物でもある。リーダーはエルダであるが、彼女を説得したのは私なのだから。
 そう、だからそれ以前の彼女をマリアは知らない。たった二年半で大陸を牛耳るアカデミーに対抗できるほど成長したレジスタンス。その根本を支えた一人の天才の過去には、流石に部下と言えど興味が沸くというものだ。
 エルダ=ロベリア。ローリエの最高責任者であり、圧倒的な戦力を誇るアカデミーと対等以上に戦う卓越した指揮官。その戦術眼と決断力、何より神がかった統率力を持つカリスマ。
 本人自身A級指定の練成士であり、その戦力は有象無象の咒法士なら三桁いようと一掃するほどである。
 私の知っている限り、ローリエの中で彼女に並ぶ人物は一人しかない。練成士の中では恐らく最強だろう。
 ヘイズ=ロートシルトも卓越した咒法士であり、対練成士戦においては圧倒的と言われている。
 けれど、それでもエルダの方が強いに違いない。ヘイズがどのような特殊な法具を持とうと、エルダの右腕相手には小細工など一切効かないのだから。
 だから、きっと二人は敵同士でも無かったのだ。当時の私は裏社会の事情には疎かったから知らないが、もしかしたら二人組みとして名を馳せていたのかもしれない。
「さて、こんなところで貴方に出会えるとは思ってもみなかったけど」
 回想していた私の意識を、エルダの声が引き戻した。彼女は淡く微笑んで、とにかく、と続ける。
「私の大切な仲間を救ってくれた事、礼を言うわね。――ありがとう、貴方が変わっていなくて良かった」
 自分の事だと言うのに言葉を紡げなかった。エルダの口調に、何故か邪魔してはいけない、と思えるような何かがあったからだ。
「本人にも言ったが、俺が勝手にやった事だ。ただ、代わりと言ってはなんだが、一つ聞きたい事がある」
「何かしら? 貴方がわざわざ訪ねて来るほどだから、よっぽどの事だと思うけど」
 長く美しい髪を揺らしながら、エルダは問う。私に話が振られたわけではないので、今は黙っている事にした。ヘイズが訊きたい事は、既に察しがついている。そして、それはマリアにも答えられない問いであった。
 案の定、彼は昨日の二人組みについてエルダに問うた。魔術師を名乗る男女。見るだけで動きを止めるという魔眼を持ち、致命を受けても死なない男。
(あの女も大概だったけど、もう一人の方も滅茶苦茶ね……)
 それが私の、忌憚のない感想だった。
「貴方にバラバラにされて生きていられる人間なんて、この大陸にはいないわ。勿論私も知らないし、もう一人の方も同様でしょう」
 エルダは首を振る。予想できた答えだった。ヘイズはこちらに関係のある人物かもしれないと思って来たのだろうが、少なくともマリアには魔術師の知り合いはいないし、命を狙われる理由もない。
(むしろ、彼があの二人の関係者だと思ったのだけど)
 どちらも無関係というのなら、本当にこちらには預かり知らぬ事情なのだろう。エルダにも、彼が望んだ情報を提供する事は出来ないようだ。
「けれど、心当たりがない事もないわ」
(――え?)
 その言葉に、私の方が驚いた。ヘイズが眼を細め、頷く。
「うちに、エアっていう人がいるんだけどね。たぶん、彼ならその二人組みの事を知ってるでしょう」
「……何故、エアが?」
 意外な名を聞かされた。どうして彼の名が出てくるのか分からないマリアに、エルダは首を傾げて言う。
「あら、知らなかったの? 彼はヘレメスにいた事があるのよ」
「全然初耳だわ……なるほど、それなら知ってるかも」
 ヘレメス。ゼラフオルより海を挟んで西方に位置する大陸であり、魔術隆盛の地。つい五年前まで、二つの国が大陸を真っ二つにして争う、動乱状態だったと聞く。魔術師のレベルがどれほどかは知らないが、あれほどの腕ならきっとその戦争にも関わっていた筈だ。エアは咒法士であるが、そこにいたと言う以上戦っていたのだろう。実際に矛を交えた事があったかもしれないし、それなりの情報は知っている可能性が高い。
 ヘイズは一つ頷いた。当然エアに話を訊くつもりなのだろう。勿論、あの死神――確かネメシスと言った――の正体が分かるのなら、私だって黙ってはいられない。
「で、そのエアという者はどこに――」
 いるんだ、という問いは突然の警報によってかき消された。

  *                 *                 *

 エルダがコンソールパネルを操作する。空間に幾つもの映像が浮かび上がった。
 会議室にも艦内の様子を転写する装置くらいはある。ここは敵の侵入を許した際の迎撃拠点にもなるからだ。
 とは言え本部全域となれば、その面積は広大だ。異常のない映像を素早く消しながらチェックしていくと、一つ見過ごせない場面があった。
「メイス……!」
 映像の中には、倒れて動かないメイスがいる。一体何があったのだろう、もし仮に侵入者がいたとしたら、巡回中のメイスと遭遇する可能性が高い。けれど、その場合倒れているのは侵入者であって、メイスではない筈だ。彼女は年少であっても、ローリエの上位戦闘員である。
 逆に言えば、彼女が倒れているというだけで尋常な事態ではない。勿論、警備システムの誤作動でもありえない。
「大丈夫、生命反応はある。気絶しているだけみたい」
 左手でパネルを操作しながら、エルダは安堵したように言った。当たり前だ、仲間をそう何度も失ってはたまらない。
 裏切ったと聴かされたシフォナを思い浮かべながら、それでも私は彼女の事を仲間と認識していた。死にかけはしたが、そう簡単に長年の意識は変えられない。現場にもいなかったのだから、事実と認識が結びつかないのだ。
 そんな事を考えていると、エルダの声が聴こえた。

「――ありえ、ない」

 呆然と、彼女は一つの映像を凝視している。ソレを見て、私は内心で悲鳴を上げた。そこに映っている人物は、あらゆる意味でマリアの認識を掻き乱した。
「ねぇ、エルダ。死んだって……嘘だったの」
 無論そんな筈がない。彼女が死んだと言う以上、それはもう完膚なきまでに致命傷だった筈だ。実は重症だけど生きていました、なんて事はありえない。彼女の攻撃は、そもそも人間が受けて生きていられるものではない。
 けれど、それでも嘘か間違いだとしか思えなかった。何故なら、映像には一人の人間が映っていたからだ。
「マリア、すぐに追って。私はメイスのところに行くわ」
 平坦な言葉でエルダが言う。私は何も言わずに頷いた。逃走ルートは掴めているが、あそこからならもう外へ出ているだろう。とにかく、逃す事は出来ない。
 振り返れば、何故かヘイズが深刻な顔でマリアを見た。
「俺も連れて行け。――あの女に用がある」
 事情は分からないが、Noとは言える表情ではない。どう言った所でついてくるのが目に見えて分かったし、時間をかけて断る意味も無かった。来なさい、と一言告げる。
(一体、何がどうなっているの)
 私は、死んだ筈のシフォナ=エレノーラを追って駆け出した。




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